板東けいじ


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こんにちは板東です

こんにちは 板東です 板東敬治が伝える市政報告

2007年6月1日号



新たな4年の新体制決定!

市議会議員選挙で選ばれた、32名全員が揃って顔を合わせる最初のセレモニーは、「議員協議会」となります。
そして、選挙後に最初に行う仕事は、「議会の運営の仕方」を決定することです。
例えば、「会派」は当然あるものだと思われておりますが、新たな議員の間で「会派制を無くしましょう」という提案がされ、 それが可決されれば、会派制はなくなります。また、議員控室は会派毎に仕切られて独立した部屋となっていますが、これも 仕切りをどうするかといったことなど、様々な事柄が諮られております。(実際に仕切りのない市もあります)
このように、組織が新たになったことで、その運営の方法が再検討されます。実際には、これまで積み上げてきた方法に 課題がなければ、従来どおりとなります。

さて、組織を活性化するためには、幾通りかの方法がありますが、組織を構成する人が変わることもその一つです。
今回の改選で、定数32名中7名の新人が議会に入ってきたわけですが、これまでの経験から培った人生観をもって、 「議会改革」「市政改革」をお互いに切磋琢磨しながら励み、「住んでよかったと思える寝屋川市」にして参りたいと、 改めて思っております。


会 派 名 人員 氏    名
新生ねやがわクラブ議員団 鮫島和雄、板東敬治、松本順一、宮本正一、山本三郎、吉羽美華
新風ねやがわ議員団 池 真一、北川健治、北川光昭、北野志郎、坂本憲一郎、
中谷廣一、南部 創、廣岡芳樹、広瀬慶輔
公明党市会議員団 池添義春、板坂千鶴子、梶本孝志、新垣節子、住田利博、
高田政廣、野々下重夫、肥後洋一朗
日本共産党市会議員団 太田徹、田中久子、寺本とも子、中谷光夫、中林和江、松尾信次
市民派「新しい風」議員団 小西順子、山崎菊雄
無所属 安田 勇











委員会名 委員長 副委員長 委    員
総務常任委員会 梶本 孝志 鮫島 和雄 池 真一、北野志郎、廣岡芳樹、新垣節子
吉羽美華、中林和江
建設水道常任委員会 北川 健治 野々下重夫 坂本憲一郎、肥後洋一朗、松本順一
寺本とも子、山ア菊雄、安田 勇
厚生常任委員会 板東 敬治 田中 久子 中谷廣一、南部 創、池添義春、高田政廣
山本三郎、松尾信次
文教常任委員会 北川 光昭 中谷 光夫 広瀬慶輔、板坂千鶴子、住田利博、宮本正一
太田 徹、小西順子


◆納骨堂 〜新たな形の墓地〜


都市への人口集中、核家族化、少子化などが原因で、都市部での墓地不足は社会問題の一つとなっています。
本市も例外でなく、課題の軽減のため、この度「新形式である墓地=納骨堂」が完成し、私も開所式に参加しました。
この施設は、期限付きのロッカー型と永年使用できる合葬室から成り立っています。
都市部では公営墓地の供給不足、墓地形式のニーズの多様化、新しいものへの抵抗感の無さなどが要因で、同様の施設の 利用者が増えているのが実態です。
今後、墓地需要は高齢化の進展とともに、大きな問題として顕在化していくことでしょう。と言いますのも、従来の ような墓地を望む方のほうが、圧倒的に多いのが現実だからです。
そこで、墓地を都市のインフラと考え、都市計画の中でしっかりと位置づける必要性を感じております。そのためにも、 納骨堂の完成を機に、墓地の需要予測と適正な配置や配分を主導する、新たな墓地行政のスタートが必要であると考えております。
つまり、定住性や人口流入を進める行政側の責務として、新たな市営墓地へ取り組むことは、当然のことではないでしょうか。



◆政務調査費 〜テレビの世界との違い〜


国会では、市の「政務調査費」に当たる「文書通信費」について、「5万円以上の領収書の添付を義務付ける」方向が 一部で示されております。マスコミ等で報道がされている国や都道府県・政令指定都市レベルの状況と本市の実態は 違っております。
例えば、本市では、年度が終われば項目毎に「1円からの領収書」を添付した上で、収支報告書を作成しております。 ただ、領収書は公文書扱いでないため情報公開の対象外ですが、オンブズマン等の方々から要求があった折に、 閲覧をいただくという形式をとって対応しております。
また、会議に参加する毎にいくらかの手当てが支給される「費用弁償」については、平成14年に廃止されております。 海外研修についても、予算計上はされておりません。
社会保険庁での保険料の管理体制や特殊法人等での税金の使われ方など、大きな社会的課題となっていますが、 現在問題となっている事柄は、議員・公務員の仕事として、本人の自覚を持って対処できることであり、 「新たなルールを決めなければ解決できない」といったものでは決してありません。「ルールを決めたら直る」のであれば、 最初からできることではないでしょうか。ましてや、議員という立場を考えれば、市民の範となる行動をしなければならない ことは、言うまでもありません。今おこなわれている報道や議論に対し、疑問を感じるのは私だけでしょうか。
「当たり前のことをする」だけのことであり、組織や個人の意識改革こそ必要ではないでしょうか。


寝屋川まつり

シリーズねやがわ史 今年で30回の節目となる「寝屋川まつり」。
第1回目は、昭和53年、第一中学校校庭で「盆踊り」を行い、府立高専校庭で「体育祭」を、総合センターで「文化祭」と、 3つに分かれて行われておりました。

当時は、年間7〜8万人の市民が転出入を繰り返すという時代で、市民相互のふれあいや交流を深めようと「ふるさとまつり」 的な発想で「まつり」ができないかという、当時の市長からの提案で、今のような形式となり、「新寝屋川音頭」もこの時に 市民公募で作られました。
第2回目から市道池田秦線で大パレードが行われ、海外の姉妹都市の方々も参加した国際色豊かなパレードもありました。
第20回から打上治水緑地に会場が変わり、本格的な打上花火が始まったのもこの時からです。近年、近隣市の花火大会が 中止され、「夏の風物詩」として寝屋川市をアピールする大きなイベントですが、今年は中止と決定されました。 安全面等の課題を解決し、市民に感動いただける花火大会が復活することが、「寝屋川市」「ふるさと意識」の高揚につながるものと、 再開を期待して止みません。

 


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